「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」(2014年12月27日閣議決定)に関するレポート

■2014年12月27日に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」(以下 長期ビジョン)は、「地方が成長する力を取り戻し、急速に進む人口減少を克服する」という一文から始まっている。

■第2次安倍政権の政治的意図(「アベノミクスの恩恵が地方に回っていない」という批判回避と統一地方選挙を前にした集票効果)を除いて、示されている政策的意図のみで見るならば、基本的には人口減少への対応策(人口政策)であり、その手段としての「地方経済の活性化」という位置づけとなっている。

■「第1章人口問題に対する基本的認識」では、「1.人口減少時代の到来」「2.『人口減少』が経済社会に与える影響」「3.東京圏への人口集中」の3項目で構成されているが、現状評価としては基本的には異論はない。

■ところが、こうした現状認識のあとにいきなり「第2章 今後の基本的視点」として「1.人口減少問題に取り組む意義」「2.今後の基本的視点」と、「現状認識」からいきなり「今後の方向性」へ論旨が展開され、第1章で示された現状認識に対し、なぜこうした状況に陥ったのか、という分析・評価が決定的に欠けている。
■例えば、「若い男女が結婚し、子どもを持ちたいという希望は強い。18歳から34歳までの未婚者を対象とした意識調査では、男女とも『いずれ結婚するつもり』という人の割合は9割程度に達している。そして夫婦が予定する子ども数は2010年で2.07人であり、未婚者が希望する平均子ども数も男性で2.04人、女性で2.07人と2人を超えている。この水準は他の国の状況から見てもかなり高く、1980年代後半以降、今日までほぼ安定的に推移している」と分析する一方、「男性正社員の場合の有配偶者率は20代後半で32%、30代前半で約58%であるのに対して、非正規雇用の場合は20代後半で約13%、30代前半で約23%と、正社員の半分以下にとどまっている」と雇用形態に着目した比較的まっとうな現状分析をするものの、結論部分では「『相応の収入』や『安定的な雇用形態』、『やりがいのある仕事』といった『質』を重視した雇用の確保が大きな課題となる」と極めてあいまいな課題設定=「総括」となっている。

■若い世代の結婚・出産の希望が80年後半から『安定的に推移している』ものの、なぜそれがかなわないのか、それは正社員と非正規雇用者の有配偶者率でわかるように、派遣労働等、雇用形態の不安定化を促進する政策を法的にも政策的にも進めてきた結果によるものであることや、その政策が正しかったのか否か、という基本的な総括が示されていない。

■また、「的確な政策を展開し、官民あげて取り組めば、未来は開ける」という事例では、先進国の中で、いったん出生率が低下したものの回復しているフランス、スウエーデンを例示しているが、両国とも「手厚い家族支援策」、すなわち豊富な子ども手当(出生手当、基礎手当、子ども手当、看護手当、新学期手当etc)が現金給付されていることには着目せず、わが国のおいても民主党政権下で子ども手当が不完全とはいえ支給されるようになって以降、2009年1.37、2010年1.39、 2011年1.39、2012年1.41と合計特殊出生率が上昇したことをどのように分析・評価するのかといった総括が一切示されていない。さらに、国が策定したまち・ひと・しごと創生総合戦略の政策パッケージにおける子ども・子育て支援分野においては、現金給付による支援策は一切触れられていない。

■まさに典型的な「総括抜きの方針」であるが故に、「第3章目指すべき将来の方向」は、「1.『活力ある日本社会』の維持のために」で示されている「(1)人口減少に歯止めをかける」「(2)若い世代の希望が実現すると、出生率は1.8程度に向上する」「(3)人口減少に歯止めがかかると、2060年に1億人程度の人口が確保される」「(5)『人口の安定化』とともに『生産性の向上』が図られると、2050年代に実質GDP成長率は1.5%〜2%程度が維持される」という「目標」には、何の根拠も説得力もない。特に、「2020年に出生率=1.6程度、2030年に1.8程度まで向上し、2040年に人口置換水準(2.07)が達成されるケースを想定している」などは、数値上の願望を吐露しているにすぎない。

■目標が「願望」によってちりばめられているからこそ、「地方創生がもたらす日本社会の姿」という将来像は、「地域資源を活用した多様な地域社会の形成」だとか、「外部とのつながりによる新たな視点から活性化を図る」だとか、極めて理念的かつ抽象的なものとなっており、その具体的道のりについては、「今後、地方自治体は、国の長期ビジョンや総合戦略を勘案し、都道府県及び市町村総合戦略を策定することが求められている」として、「この取組によって、地方で『しごと』がつくられ、それが『ひと』を呼び、さらに『ひと』が『しごと』を呼び込む好循環が確立されるならば、『まち』は活力を取り戻し、人々が安心して働き、希望通り結婚し、子どもを産み育てるができる地域社会が実現することとなる」と結論付けていることについては、正直言って、唖然とさせられる。つまり、「国、都道府県、市町村が計画をたてて、それを実行すれば、実現できる」としか言っていないのである。

■改めて評価を概括すれば、
1)人口減少・高齢化社会となった現状の原因分析が明らかではないこと。
2)原因分析が明らかでないが故に、解決方策が抽象的・理念的なものにとどまっていること。
3)故に、目標値は願望値でしかないため、施策と目標値との相関関係が合理的に説明できない。

■一方、こうした「長期ビジョン」をもとに、都道府県及び市町村は、まち・ひと・しごと創生法に基づいて自治体版「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を2015年度中に策定することを求められている。これは、法的には「義務規定」ではなく「努力規定」であるが、おそらく国は「自治体版総合戦略を今年度中に策定しなければ、来年度以降、地方創生に係る交付金は交付しない」と言ってくるであろう。その結果、自治体版総合戦略は国の総合戦略同様、「おざなり」の総合戦略になる可能性が高い。

■まず、現段階では財源的裏付けが全くない。国の交付金の制度設計次第ということになる。故に、財源的裏付けのない戦略をたてたところで、国と同様に「抽象的」「理念的」なものにしかならない。これで、どうやって、「地方の創意工夫」を発揮しろというのか。

■また、地域の実情に応じた「人口ビジョン」や「総合戦略」が、わずか1年ほどでできあがると思っているのか。それができるのであれば、こんな状況に陥ってはいないだろう。

■国の長期ビジョン・総合戦略ー都道府県総合戦略ー市町村総合戦略という「上から下」への「計画」の押しつけ(縛り)と交付金(カネ)の流れ、これが現状の「地方の衰退」を招いたのではないか。

■「長期ビジョン」の巻頭部分は、先に引用した通り「地方が成長する力を取り戻し、急速に進む人口減少を克服する」の一文から始まっているが、「おわりに」を題された巻末言は、象徴的である。それは、「我々が目指す方向と逆行するような厳しい現実に直面することを覚悟しておかねばならない。しかし、決して悲観論陥ってはならない。目の前の現象に一喜一憂することではなく、将来をしっかり視野に入れ、ぶれることなく着実に取り組んでいくことが、我々に課せられた責務である」と。

■避けられない「少子・超高齢化社会」にどう向き合うのか、というテーマは極めて重要なことである。しかし、引用した巻末言から伺えるのは、「展望なき精神論」。これでは、地方は厳しい現実の中で、将来を展望することは不可能である。